Pro-ZELO プロゼロ

―――情熱より先へ、深化する。ボーイズラブを中心とした女性向けの電子書籍・Kindle出版情報案内

桜町商店街青年部 9月の風景

スイートナイト   青柳陸斗・小鳥翼


 


「翼さん、お裾分けです」
 大きな籠一杯にマスカットを持ってきた陸斗を見て、小鳥翼は、目を丸くした。
 鮮やかなミントグリーンの果実は、はち切れそうなほどに張り詰めて、白く粉も吹いている。いかにも、新鮮な品であるのは間違いない。
「凄いね……これ、もの凄く高い品種だよね。うちの店でも、さすがに、ここまでの品は使えないよ」
「うち、毎年、送られてくるんです」
 陸斗が、困ったような顔をして呟いて、作業台の上に置いた。
「毎年……? ブドウ農家さんでもいるの?」
「いや、そういう話は聞かないんですけど、多分、あちこちに送るのに、大量に買って、……大量に送ってるんだと思います。美味しいんですけど、さすがに、八キロもあると、飽きます」
「八キロっ!?」
「もちろん、お得意さんにお裾分けしてるんですけど……、翼さん、苦手ですか?」
「ううん? ブドウは大好きだよ。ありがとう……けど、さすがに私もこれ一人では食べきらないから……梅おばあちゃんにも持っていくとしても……あ、そうだ」
 ぽん、と翼は手を叩いた。
「なんですか?」
「タルト、作ってみようかなと」
「このブドウで?」
「うん。……どうせなら、陸斗に飾り付けして貰って。売り物じゃないから、めちゃくちゃ贅沢なタルトになるけど……私と陸斗で食べて、あと、お母さんたちにも食べて貰えば……フルーツそのままより、少し、目先が変わって良いかもしれない」
 あとは保存が利くモノといったら、ジャムやコンポートにするのだろうが、この素晴らしいブドウを、ジャムにするには、少し気が引ける。
「……じゃあ、一緒に、ケーキ作るっていうことですか?」
 陸斗が目を輝かせる。
 時々、陸斗は翼の店を手伝っている。花屋で働く陸斗にとって、ラッピングはお手の物で、翼はかなり助かっている。桜町で店を構えて、ありがたいことに、手伝いが欲しくなるタイミングがあるほど、商売は順調だった。陸斗だけでなく、居酒屋の店主、早乙女拓海にも様々、手伝って貰っている。そして、陸斗は、拓海が製菓を手伝っているのを見て、うらやましそうな顔をしているのを、小鳥は気付いていた。
 甘いものから遠ざけられていた陸斗は、反動なのか、今は、かなりの甘党だ。
 きっと、自分で作ってみたい気持ちがあるのだろう。
「陸斗が作ってくれたのは私が食べるから、一緒につくろう」
「わー、嬉しいっ!」
 ぴょんっ、と陸斗は飛び跳ねた。子供っぽい仕草だったが、本当に嬉しそうで、悪い気分ではなかった。



 タルト台を作り、そこにクレーム・ダマンドというアーモンドクリームを流しいれて、焼き上げる。
 今日のアーモンドは、挽き立てなので、香りが特別に良いはずだった。アーモンドは、生のものを少しずつ仕入れて、自分で炒って、碾いて使っている。手間は掛かるが、格段に香りが良い。
 そこに、デコレーションをしていく。今回は、貰ったマスカットをびっしりと敷き詰めた、贅沢なタルトにするつもりだった。
 陸斗と翼は、並んでナイフをつかって、マスカットを半分に切る作業を黙々と続けている。
「……凄い、マスカットの香り」
 陸斗が溜息を吐く。
「うん、本当に新鮮で……このままいくつか食べるし、あとは、ちょっとパフェっぽくしても良いかもしれない」
「パフェだと、どんな感じになるの? 気になるっ!」
「えっ? そうだなあ……パイ生地を焼いたのを手で砕いて、クレーム・シャンティイか……マスカルポーネでも美味しいかも知れない。もっとフレッシュにするなら、フロマージュ・ブランを作って……あとは、クリームに合わせてデコレーションかな。クレーム・シャンティイだったら、プラリネで飾って……、マスカルポーネなら蜂蜜で、フロマージュ・ブランだったら……うーん、ちょっと目先を変えて煮詰めたバルサミコ……これは林檎には合うんだけど、合うかな、ブドウだから合うとは思うんだけど」
 翼は、すっかり考え込んでしまって、パティシエの顔になってしまっている。
「あっ、ゴメンね、陸斗……まず、タルトを仕上げよう」
 焼き上がったタルトが完全に冷めてから、クリームとマスカットで飾り立てる。お手本を翼が見せて、それを見よう見まねで真似しながら、陸斗が飾り付けを行う。ラッピングが得意なだけあって、デコレーションも滞りなく出来て居る。緑色の花畑か、森のような風情のタルトができあがった。
「綺麗な仕上がりだね」
 翼はスマートフォンを取りだして、カメラを向ける。恋人が、自分の為に作ってくれた、初めてのケーキだ。それは、この世に二つとない、特別なものだし、この幸福感を、写真を見るたびに思い出すことが出来るだろう。
「ほんと?」
「うん。本当に綺麗」
「じゃあ、今日は、翼さんの家で、一緒に、このケーキ食べよ?」
「そうだね」
「やったー。翼さんの家に行くの、久しぶりだから、嬉しいな~っ。泊まっていって良いでしょ?」
 にんまりと、陸斗は笑う。
 思わず、翼は顔が熱くなるのを感じた。


 スイートナイト・了