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桜町商店街青年部 4月の風景

『桜舞う、花見』  鐘崎渉ほか


 

 桜町という名前なので、間違われやすいのだが、実は、桜町には、桜の名所というのが存在しない。
 これは、最近、商店街にやってきた人或いはその客の間では有名な『がっかり』ポイントになっている。
 なので桜町商店街青年部では、毎年、満開になった頃、隣町の公園に、花見に出掛けるのが恒例になっていた。そもそも、発起人は、ビストロの店主、平沼で、彼は、桜町に越してからずっと、交流がないことをさびしく思って、提案してくれたようだった。
 隣町の公園は、平日だったが、公園を埋め尽くすほど、ビニールシートが貼られて、花見が始まっている。中には、夜の宴会に備えて、座席を確保させられている可哀想なサラリーマンの姿もあったが、最も可哀想なことは、その場にノートPCを持ち込んで、リモートで仕事をしていることだろう。
 そんな哀れな人を横目で視つつ、桜町商店街青年部の面々は、持ち寄ってきた様々な品を食べつつ、酒を飲んでいた。
 居酒屋店主の早乙女拓海が、親しくしているブックカフェの店主、佐神諒と協力しながら、沢山の料理を作っていた。
 定番の唐揚げ、手まり寿司、春巻き、卵焼き、団子風に串に刺したつくね。どれも美味しそうなものだった。ビストロの平沼も、鳥の白ワイン煮と、パテドカンパーニュの他に、白ワインと赤ワインを数本持ってきている。喫茶店の猫島怜央は、いなり寿司を作って持ってきた。和菓子屋の常磐井は、沢山の桜餅。パティシエの小鳥は、ロールケーキを持ってきているので、甘い物もしょっぱいものも、十分だった。その他の人たちも、飲み物やコンビニで買ってきたお菓子などを持参してきている。
「……梶浦さんって、今日は、来れない感じ?」
 佐神が、吉田に聞く。惣菜店の息子である吉田は、様々な惣菜をパックに入れて持ってきている。最近は、デザイン事務所を開いて居る都合で、ラーメン屋の店主で、かつ経営コンサルをしている梶浦と親しくして居るようだった。
「あー、今日、営業してますからねぇ。梶浦さん、ワンオペでやってるから……」
「そっか……そうだよねぇ。中々、こういう場所で会えなくて、ちょっと、残念だよね」
「じゃ、今度は、全員で出来そうな機会を考えましょう」
 昼間からの営業のみ、スープが売りきれば終わりというスタイルの梶浦ならば、夜は開けて貰うことが出来るかもしれないが、夜は平沼のビストロや、拓海の居酒屋などは参加出来ない。中々、全員が集まるのは難しそうだ。
「オレなんかは、わりと自由にしてるけど、そうじゃない人の方が多いもんねぇ」
 と言うのは佐神だが、佐神は、昼営業のブックカフェを経営して居るものの、時折、こうして店の都合で営業を止めたりする。
「お前は、自由だけどな……、おっ、諒、これ、怜央くんの作ってくれたお稲荷美味しいよ」
「へー、どれどれ? あっ、ホントだ。味付けが甘辛でオレ好みだし、油揚げ美味しいね……って、まさか……」
 佐神は、マジマジとお稲荷を見やってから、チラッと怜央を盗み見た。怜央も、昼間は喫茶店を経営する傍らライトノベルを書いていると言うことだったので、今日は店を閉めているのだろう。
「あっ? お稲荷、大丈夫でしたか?」
 佐神の視線に気付いた怜央が、小さく問う。
「もちろん。すごい美味しいからびっくりしたんだけど……これ、油揚げって、もしかして……」
 と聞くと、怜央は微苦笑した。
「そうなんスよ、兄貴の豆腐で作りました。ホント、あの人、豆腐はちゃんと作るんですよね」
 怜央の兄、虎太郎は、本業は小説家だが、何故か豆腐を作っている。商売にしている訳ではなく、町の人に配り歩いているのは、桜町住民の名物にもなっていた。
「お豆腐が美味しいから、お揚げも美味しいよね」
 なるほど、と納得して居たところ、「えっ、虎太郎の豆腐で作った油揚げなの?」と声がした。声を上げたのは、鐘崎渉だ。今は、平沼のビストロでバイトをしながら、インターネットを通して、写真撮影や、宣伝のようなことをしているらしい。
 猫島兄弟は、平沼のビストロに顔を出すことが多い。それで、渉は、いつの間にか、猫島兄弟を呼び捨てするようになっていたようだった。
「うん、兄貴のだよ」
「早く言ってよ! そっち頂戴」
「わ、わかったよ」
 稲荷寿司を四個、紙皿に盛り付けると「ありがと。あっ、こっちの桜餅も美味しいから食べなよ」と、怜央に桜餅を手渡す。
「綺麗な桜餅だね」
「うん。朝から、常磐井さんが作ったんだから。箱に詰めるのは俺も手伝ったけど」
 なぜか、渉は自慢げで、思わず怜央は笑ってしまった。
「あっ、健太郎くんが、コロッケ揚げたての持ってきてくれたよ」
 そう言ったのは、文具屋の店長、法華堂勝利だった。肉屋の息子の健太郎が、幼馴染みでスナックの息子の小森光希と一緒にやってきた。手には、コロッケと揚げ物を大量に持っている。
「わっ、凄い。肉屋のコロッケ、うまいッスよね」
 銭湯『小狸の湯』とクラブの店主の五十嵐慧が思わず声を上げる。
「いま、揚げてきたところだから、まだ、冷めてないと思うんだけど」
「へぇ、凄いっ!」
 コロッケを広げると、あたりには、コロッケの薫りが漂う。香ばしくて甘い薫りだ。
「おお~、熱いうちに貰いたいね」
「コロッケが来るなら、白米を持ってくれば良かったかも知れない」
 と小さく呟いたのは、米屋の主人、二階堂和樹だ。
「……結構、炭水化物は在るから大丈夫じゃないですか? 手まり寿司に、稲荷寿司もありますし」
「……それなら良いが……。来年は、おにぎりを持ってこよう」
 来年、という言葉を聞いた平沼の顔が、ほころぶ。
「ん? どうした、平沼さん」
「いえ」と呟きながら、平沼は、誰かが持ってきた缶ビールを一口飲んだ。青空の下で飲む缶ビールは、格別に美味しい。桜町に来るまで、平沼は知らなかった。「来年、またやれると良いなと思って」
 和樹は、当然のように、『来年』と言った。それが、平沼には、有り難いことだった。
 一年。
 桜町で商売をしてきて、大変だったこともあるが、概ね楽しかったと、平沼は思う。
「また、来年……皆でお花見出来ると良いですね」
 平沼の小さな呟きを掻き消すように、桜の花びらが、ふわりと舞っていった。