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桜町商店街青年部 10月の風景

『映画の秋』   原健太郎・五十嵐慧・鷹野未来・青柳陸斗・鐘崎渉


 


「昔はさー、よく遊びに行ったよな」
 ポップコーン売り場の列に並びながら、原健太郎は、一緒に並んでいる青柳陸斗に声を掛ける。
「えっ?」
 メニューに釘付けだった陸斗は、不意を突かれて、驚いた声を上げる。
「昔って言っても、五年も前じゃないのに、すっかり、全然遊ばなくなったなと思って。何もないけど、あちこちあそびにいったのに」
 たしかに、言われてみればそうだった。
 隣町のファストフード。駅前のコンビニ。公園。なぜか寺の境内にもよく集まった。
 なにもないけど、ただ、集まって、話をして……。
「駄菓子屋で、お菓子買うくらいだったかな」
 陸斗は、その駄菓子をこっそり食べることでさえ、家にはバレてはならないことだったので、冒険感が半端なかったのを思い出す。
 いつものメンバー。いつもの、何にもない町。
 けれど、それで良かった。
「社会人になってからはさ、なんか、その辺でおしゃべりとかも出来なくなったし」
 原健太郎が小さくぼやいたのを聞きつけて、鐘崎渉がひょっこり口を挟んできた。
「なんの話してるの?」
 一瞬、美少女かと見まごうスタイルの鐘崎渉だったが、れっきとした男だ。
「ん~? 最近、遊びに行かなくなったよねって」
 原健太郎が遠い目をする。その視線の先に、遅れて合流してきた五十嵐慧と鷹野未来の姿があった。
「おーい、ゴメン。ちょっと、道が混んでて」
「えっ? お前ら、バイクじゃないの?」
「近道だと思って裏道入ったら、軽トラのおじいちゃんが、のろのろ運転してて、怖かった」
 あー、と陸斗は苦笑する。田舎町あるある、だ。
「危ないけど仕方がないよね」
「仕方がないっていうけど、危ないんだから危険運転なんじゃない?」
 渉が眉を顰める。
「でもさ、クラクションをならして、心臓麻痺でもおこされたら溜まらないし。後ろを付いて走るしか出来ないからね」
「バイクに二人乗りしてきたの? 危なくない?」
「よくやってるから大丈夫だと思うんだけど。もちろん、気をつけてるよ」
「それなら良いけど」
 ポップコーンと飲み物を買って、健太郎からチケットを受け取る。今日、映画を見ようと言い出したのは、健太郎だった。
「えーと、今日の映画は……」
 慧がチケットを見て、小さく吹き出す。
「なんだよ、ハラケン~、サメかよっ!」
 チケットには『エアバス・イン・シャーク』の文字が躍っている。
「えっ? 今日、見る映画サメなの?」
 渉も不満そうな顔をして、健太郎を睨み付ける。
「えーっ? だって、凄いんだぜ!? エアバスA380のシャワールームとか、フライトクルーの休憩室とか、ファーストクラス、カーゴまでいたるところにシャークが出て、次々人を惨殺してくんだぜ!?」
「……なんで、空の上にサメが出るんだよ」
 渉はうんざりした顔をしているが、陸斗が、けろりとした顔をして「サメは、雪山でも、小麦畑にでもでるから」と小さく呟く。
「えっ? なにそれ」
 とは、未来の言葉だ。慧もうんうんと頷いている。
「サメ映画業界あるある。もう、どこにでも現れるから、気にしない方が良いし、これくらい馬鹿馬鹿しいのを見てると、逆にスッキリするよ」
 にこっと陸斗は笑う。釣られて、未来と慧、渉も笑うが、笑顔は引きつっている。
「せっかく幼なじみが集まったのに」
「まー、俺らは、まだ、馬鹿な映画見て、わいわい騒いでるくらいのほうが合ってるのかもしれないなー」
 未来がなんとなく呟いた言葉に、「まあ、そうかも知れないよね」と全員が納得したころ、

『14スクリーン 『エアバス・イン・シャーク』入場開始となります』

 というアナウンスが響き渡る。
「まあ、チケットは買っちゃったし……」
「話のネタにはなるんじゃない?」
 幼なじみ達はぼちぼちと、入場口へと向かって歩き出す。他に、スクリーンに向かう客はいなそうだった。
「これから先さ、恋人が出来たり、結婚したり、子供が生まれたりしてもさ……」
 小さな声で健太郎が呟くのを聞いて、四人が立ち止まる。
「ずっと、こんな風に一緒に来れたら良いな」
「そうだな」
「サメは勘弁だけどね」
 笑い声が重なった。

10月。『映画の秋』