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桜町商店街青年部 11月の風景

『神櫻寺境内にて』   玖須昌弘・法華堂勝利・岸谷貴啓


 


 境内の大銀杏が落ち始めると、一気に外気が冷える。冬が訪れる合図のようだ。
 陽の光をたっぷり浴びた銀杏の葉は、黄金色に輝いて、風に吹かれるでもなく一枚一枚、不規則に落ちて、境内に積もる。境内は、黄金のカーペットを敷き詰めたようでさえある。そこに、近くの紅葉が真っ赤な色で彩る。鮮やかなコントラストが美しいが、そこを、竹箒が、ザッと音を立てながら、通り抜けていくと一筋の薄墨で描かれた一の字が現れる。参道に敷かれた石の色だ。
 黙々と、竹箒を動かしているのは、この寺の住職の玖須昌弘だ。
 玖須が掃き集めた銀杏の葉を集めているのが、文房具屋の法華堂勝利。
 毎年、この季節になると境内の掃き掃除にかり出されているのは、法華堂が、玖須の幼なじみだからだ。
 文具店の仕事も、今日は落ち着いているらしく、法華堂のほうも文句一つ言わずに手伝っている。
 毎年のことだから、気にもしていないのだろう。
「あれ? そういえば、貴啓は? お客さんから電話でも掛かってきたのかな」
 法華堂が顔を上げる。掃除を始めた時には、一緒に居たはずだったが、いつの間にか姿が消えている。岸谷貴啓は不動産屋だ。不意に、契約している人から連絡が入るのは珍しいことではない。水回りのトラブルから不審者情報まで、幅広く連絡が入ってくる。
「ああ、あいつなら、ちょっと外れるって言ってたから……急用でも出来たんじゃない?」
 玖須が答える。
「ちょっと、ねぇ……。なんか、あいつって、真面目そうに見えて、意外に手が早かったり、気がついたらサボったりしてたよね~」
「ああ、確かに。小学校の時、教育実習で来た先生の所にいち早く行って、ほぼ独占してたもんなぁ」
「あー、あったあった。そういう意味で凄いよね、あいつ」
「だけど、真面目そうに見えるのがなあ……」
 玖須と法華堂が思い出話に花を咲かせている所に「おーい」と声がした。
「ん? あっ、貴啓だ」
 岸谷貴啓は、のんびりと歩きながらやってくる。
 いつもの仕事スタイルだ。掃除の手伝いに来たときには、普段着だったはずだが、仕事の用事が出来たのだろう。
「あれ、仕事?」
「掃除が終わったあと直行する。……どうも、アパートの苦情が来てて、うちのバイトが困ってた」
「あー、バイトなんて雇ってるんだ? どんな子?」
「うん、素直な良い子だよ? ……豆腐屋に済んでる作家先生いるだろ。あの人の弟」
「えー、そうなんだ。あとで見に行こう」
「見世物じゃないんだから」
 岸谷は苦笑して、手に持っていた箱を掲げた。ケーキ屋が使う、そこが平らな箱だ。サイドには、桜町のパティスリー『ロワゾ』のロゴが入っている。
「とりあえず、休憩しない?」
「お前は、掃除してないだろっ!」
「まーまー、二人は掃除してたんだし、休憩必要だろ。そろそろ。冷えてきたし」
 そう言われればそうなのだが、少し納得がいかない部分もある。
 けれど、持ち込まれたケーキは気になる。
「なんか、あいつの思い通りなのが気に入らないけど」
「ま、ケーキ食べるか」
「なあ、昌弘~、コーヒーない? ケーキと来たらコーヒーを飲みたい感じなんだけど」
「寺にあるかよ……インスタントくらいしかないよ」
「そっかー、なんかさ、ここ広々してるから、寺でカフェとかやったら意外に流行そうだけど」
「それ、和樹くんに言わない方が良いよ。絶対に乗ってくるから」
「でも、うちでカフェっていうのは、ちょっと魅力的ですね。土日とか祝日とか、不定期でも良いので」
 このまちで、何かをしようなどと、今まで思ったことはなかった。
 桜町再生プロジェクトの中心人物である二階堂和樹たちは、玖須たちより年下だったので、交流もなかった。
 けれど、その下の世代が、様々なイベントを行っている。
 それに触発されて、上の世代の玖須たちも、『なにか』をやってみたいと思うようになったのは、良い事なのだろう。
 毎年、茂っては落ちてを繰り返す銀杏も、少しずつ、成長はしているはずだ。
 それを思えば、玖須たちも、少しずつでも変わっていくべきなのだろう。
「……和樹くんに言うと大事になりそうだから、慧くんに相談してみるよ」
 桜町のDJならば、また、なにか違うアイディアを出してくれるかも知れない。
 忙しくなるも知れないが、なにか楽しそうなことが起きるかも知れない。
 未来に思いを馳せながら、玖須は二人を誘って、住居のほうへと向かっていった。