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桜町商店街青年部 12月の風景

『二人きりの忘年会』   早乙女拓海・佐神諒


 



 かつてはちょっと栄えた町には、接待をする場所というのが有ったらしい。
 女の人がいる場所というのではなく、人を集めることが出来て、宴会料理を出してくれる場所ということだ。桜町では、それを『料亭』と呼んでいたが、商店街からは離れた場所にあったこともあり、桜町で生まれ育った拓海でも、その場所については、『なんとなく敷居が高い場所』という認識でいた。
 当然、利用したことはない。
 立派な門から入ると、「ご予約の佐神さまですね」と仲居が案内してくれる。
 桜町に仲居を生業にする人がいると言うことを、拓海は初めて知った。
 立派な日本家屋であった。玄関では靴を脱ぐ。その為に広い三和土(たたき)が広がっている。
 そしてそこから、よく磨かれて、滑りそうなほどつややかな廊下を行く。廊下を通っていくと、池を持つ小さな庭園が広がっていた。鯉が泳いでいる。
「すご……鯉だ」
 拓海の言葉を聞いた仲居が、立ち止まって、「ここから見えるお庭は小さなものですけど、塀の向こうまで池が繋がっておりますから、ご案内するお部屋からも鯉がごらんになれますよ」と教えてくれる。
 そして、ほんの少し待ってから、また先へ歩く。
 長い廊下を行く間、他の客には会わなかった。そして通された部屋は、こぢんまりとした部屋だったが、床の間も備えている。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
 部屋へ入って席に着く。
「あのさ、ここ、高くない?」
 拓海は心配になって諒に問う。
「えっ? ……忘年会の予算って、大体、会費、五千円くらいだと思ってたんだけど、ちょっと、間違った?」
「五千円で大丈夫なの?」
 仲居が世話をしてくれて、個室。どう考えても高そうだ。
「ああ……さすがに、金曜日とかは高いらしいんだけど、平日って、さすがに十二月でも接待とか飲み会が少ないらしくて、『おでん鍋プラン』っていうのが有ったんだよ」
「おでん?」
「うん。……拓海の家でも食べられるんだけどさー……。常連さんたちに持って行かれるし、拓海がたのしめないでしょ? で、オレは、おでんをやりながら、ゆっくり熱燗とかを飲むのも、良いかなって思った訳だよ」
「なるほど」
 拓海はとりあえず、納得はした。しかし、冬の間、自分の店の常連たちの為に、毎日のようにおでんを仕込んでいる。正直な気分は『見るのも飽きた』という所だが、口も顔にも出さない。
「確かに、諒と一緒におでんは食べたことがないな」
「でしょ。だから、良いかな~と思って」
 諒が笑う。諒は、忘年会をやろうと言い出して、どうせなら、店も選ぶからということで、この『料亭』の『おでん鍋プラン』を探してきたのだろう。
 その間。諒は、拓海と過ごす時間のことを考えて居たはずだ。そういう時間を、自分の為に費やしてくれると言うことが、何よりも貴重で、得がたい物だと言うことを、拓海は良く知っている。
「諒は、うちの店で、おでん注文しないから、あんまり好きじゃないかと思ってたよ」
「だってー、常連さんが全部食べちゃうからさ。だけど、おでんって、仕込み大変でしょ」
 拓海は、苦笑する。おでん専門店ほどではないが、居酒屋で注文するおでんは、どうしても、高価になる。
 大根は、二百八十円。糸こんにゃくが百九十円。
 これがコンビニに行けば、糸こんにゃくも大根も百円とちょっとくらいで食べられる。しかも、安全で、それなりに美味しい。
 コンビニの倍額、出して貰う価値があるのかと、いつも自問してしまう。
 だから、おでんは、いつも注文する常連だけのものにしておいて、メニューにも、ちゃんとは乗せていない。
「……こういう所で食べるおでんって、どんな風に美味しいのかな」
「わかんない。でも、こういうお店は、出汁はちゃんとしてるんだろうし、美味しいんじゃないかな」
 楽しみだね、と笑い合う。
 商売のことを考えると、少しも暗い気持ちになるが、恋人と二人で楽しむおでんは楽しみだ。その思いは、真実だ。
「失礼致します。……こちら、お鍋のお支度を致しますね」
 テーブルの上にカセットコンロが置かれ、そして、そこへ土鍋に入った熱々のおでんが運ばれてくる。仲居が「こちらお熱いですから」と言いながら蓋を外してくれた。その瞬間、部屋中に、美味しそうな出汁の香りが広がる。カツオと、昆布の出汁のようだった。そして鍋一杯、こぼれるほどに、おでんが盛り付けられている。
「すご……一杯だ。食べきれるかな」
 拓海の言葉を聞きつけた仲居が「もし、ご入り用でしたらお声を掛けて下さいませ。折にしてお持ち帰ることも出来ますので」と声を掛けてから、熱燗をテーブルの上に置いて、去って行った。
「あー、熱燗、いいな……」
 居酒屋の店長である拓海は、客に酒を出すが、こんな風に外で呑むと言うことは存外少ない。
 寒い寒い冬には、熱燗が、本当にありがたい。温められた酒は、それだけでもごちそうだ。
「じゃ、呑むか」
「うん。拓海、今年もありがとうね。オレ、桜町に来て、拓海に出会って、凄く良かったと思ってるんだ」
「そんなの、俺も一緒だよ。諒」
 微笑を交わし合いながら、そのまま、互いの杯に日本酒を注いで、軽く、掲げる。
「あー、美味しい。このお酒、良いお酒だね!」
「うん、熱燗の具合も美味いなあ……さすがだなあ」
 拓海は熱燗の温度に関心している。自分の商売に近いところは気になるようだった。
 そして、おでんの鍋へ手を伸ばす。
 まずは、大根を一つ。
 少しかじってみたら、そっけない大根から、出汁がじゅわっとあふれ出して、口の中が一気にやけどしそうなほどに熱くなる。その分、鮮やかに、出汁の風味とうまみを感じた。
「す、ごい……うまいな……上品だ……雑味もないし……」
「美味しい?」
「うん。すごい美味しい……あと、諒と一緒ってのも、良いな。美味しい物とか、楽しい物は、全部、諒と一緒に楽しみたい」
 一瞬、諒が、目をまん丸くした。そのあと、蕩けそうなほど幸せそうな笑顔を浮かべて、「オレも」と言って、もう一杯、杯に日本酒を注ぐ。
「これからも、良い事ばかり有るように!」
「そうだな、健康で、ちょっと贅沢出来て、ずっとこんな風に生きたいな」
 二人は、笑いあった。

  了