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桜町商店街青年部 1月の風景

『新年』   常磐井黎・鐘崎渉


 


 新年、和菓子屋は何かと忙しい。
 桜町商店街にある和菓子屋『弥櫻(やおう)』は、元日から店を開けている。
 正月の挨拶にと、手土産に和菓子を持参する人がいるからだ。
 なので、特に、上生菓子をいつもよりも多く作っている。美しい上生菓子は、一つ一つ手作りをしているので、手間が掛かる。なので、洋菓子店のケーキと同じくらいの価格になってしまうが、『お正月だから』と買い求めてくれる人がいるのもありがたい。
 三が日を終え、仕事始めを過ぎ、松の内ももう終わりに差し掛かってくると、やっと、一息付けるという感じがする。
「こんにちは」
 客足が途絶えた昼下がりに、不意に新しい来客があった。
 黎が視線をやると、そこに居たのはカネマル洋品店の、次男・鐘崎渉だった。
 いつも、少し女性的な格好をしているし、本人も可愛らしい顔立ちをしている。同じ商店街にいるが、あまり接点はない。年齢が離れているので当然と言えば当然だったが。
「いらっしゃいませ」
 和菓子屋の店主の息子、常磐井黎は、渉の姿を見て(珍しいな)と思いつつ、声を掛ける。
 女性的な可愛い格好を好む渉は、桜町商店街なら、パティスリーや飴屋に出入りしているように思えたからだ。
『桜町再生プロジェクト』で空き店舗に新しい店が入るようになったが、パティスリーや飴屋というのは、まさにこの形態で出店してきた店舗だった。
 新しくて、可愛い、SNS映えするお店。
 それが、最近の桜町商店街に増えてきた店で、桜町商店街の誕生と共にこの地に根を下ろす『弥櫻』とは対照的だ。
「珍しいね」
「うん。……お世話になってる人たちに、お菓子を持って行こうと思って。ちょっと、今から、お邪魔するから、手土産が欲しいと思ったんだ」
 商品を吟味しながら、渉は答える。
「お世話になっている人たち……」
「うん、飴屋さんと、パティシエさんと、あと、ラーメン屋さん」
「じゃあ……」
 古くさくて田舎っぽいお菓子より、綺麗な上生菓子のほうが良いかもしれないな、と思いながら黎は、「上生菓子はどう?」と勧めてみる。
「上生菓子?」
「うん、ちょっと待って」
 ショーケースから、取りだしてみる。季節に合わせた、椿の花を象った上生菓子を始めとして、何種類か。
「綺麗……」
「うん。オシャレな人たちなら、こういうのが良いんじゃないかと思うよ」
「そうだね……」
 と少し、渉は考えているようだった。
 桜餅なら、120円。上生菓子は、400円してしまう。それだけが、ネックと言えば、ネックかもしれない。
「うん。じゃあ、この上生菓子を……四つ下さい。それと……、きんつばと桜餅も四つずつ……と、豆大福を四つ」
「えっ?」
「……僕、どうしても、昔からきんつばと桜餅が好きで……。だから、この綺麗なおかしだけじゃなくて、僕が好きなのも食べて欲しいんだよね。多分、飴屋さんとかパティシエさんとか、あんまり、ここに来ないでしょ? あの人達も、忙しいし。あと、うちの兄が豆大福スキだから、それは買っていかないと」
 好きなものだから、買っていってくれるのか、と思ったら、黎は少し、胸の奥がほんわかと暖かくなるような気分になった。
「わかった。ちょっと待ってて」
 勝手に、可愛い格好が好きだから、SNS映えしそうだから……などと考えて居たのが、少し、烏滸がましく思える。
 少なくとも、渉は、そういうつもりで和菓子を買いに来たわけではないのだ。
 丁寧に和菓子を包みながら、渉や飴屋の入江、パティシエの小鳥、ラーメン屋の梶浦が、黎の作った和菓子立ちを食べている様子を想像する。
(皆に美味しいって言って貰えたら嬉しいな)
 それに勝る喜びなどないはずだった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。それじゃあ」
 会計を済まして去って行く背中を見送りながら、和菓子屋が客の笑顔に寄り添うことが出来る商売なのだとしたら、それは素敵な商売だ、と噛みしめていた。