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桜町商店街青年部 3月の風景

『ホワイト・デーらしく』   猫島虎太郎・平沼優輝



 


 バレンタインに比べて、ホワイトデーは能動的に好意を伝えるというより『お返し』の意味が強い日なので、ビストロでも、大々的にキャンペーンは打たなかった。
 ただ、マシュマロやドラジェを使った小菓子などは用意して、ホワイトデーの気分を少しだけ演出したくらいだ。
 そして。
「相変わらず、猫島さん、うちのお店に通い倒してますよね」
 とアルバイトの汐見颯が、呆れたようにつぶやくのは、颯の視線の先、いつもの定位置に猫島が一人で座り、喜々として料理を食べている姿を見てのことだ。
「まあ、このあと、約束あるから」
 平沼はそう告げて、調理に戻る。先程来店した客に出す『農園風サラダ』の準備がある。
『農園風サラダ』は、前菜盛り合わせ的な感じで注文する客が多い。サラダと言っても、野菜をドレッシングで和えたものではなく、五種類程度の前菜を一皿に仕立てているボリューム感のあるものだからだ。
 客にとってはお得感があるらしく、『農園風サラダ』とメイン、デザートと飲み物という注文が、平沼のビストロでは定着した。
 一人飲みの客にも好評で、猫島などは、『農園風サラダ』とワインを傾けるのが好みのようだった。
「猫島さんと平沼さん、仲良いですねえ」
 颯がしみじみと言う。
「そうだね」
 とだけそっけなく答えたが、実際の所、平沼と猫島は恋人同士だった。今日は『ホワイトデーだから絶対に一緒に、過ごそうね!』と念を押されている。
「なんかあんまり噛み合わなそうなのに面白いですね」
「確かにそうなんだけど……噛み合う人とばかり一緒にいても、広がらないこともあるからね」
「なるほど」
 颯は納得して、フロアに出て行った。


 平沼は小説は読むけど、純文学は頭が痛くなる。猫島は難しい小説を苦も無く読んでいる。
 映画は、アクション映画が、好きだけど、意外なことに猫島は恋愛映画が好きだ。
 テレビはあまり見ないけど、割と猫島はテレビが好きそう。
 平沼は猫派だけど猫島は名前に似合わず齧歯類が好き。

 違うところが面白くてたくさん観察している。
 なんとなく始まってしまった関係なので、付き合って時間が経ってから、色々な発見があってそれが面白い。
 席でワインを傾けていた猫島と視線が合う。猫島は、怪訝そうな顔をしていた。


 営業を終え、猫島と二人で自宅へ戻った。
 ビストロの二階が、平沼の自宅になっている。すでに日付けが変わっているが、いつものことだ。
「あんなに飲んだのに、まだ飲むんですか?」
「まだ、ハーフボトル一本だよ」
 猫島は、笑う。二人で居るときだと少しだけ、甘くなる笑い方を見ると、まだ、胸がきゅっとなるような感じがする。
「飲み過ぎだと思うんですけど」
「料理が美味しすぎるからねぇ」
 しみじみと呟きながら、猫島はワインを一口飲む。つられて平沼も一口飲むと、素晴らしく美味しいワインだった。
「これ、高いでしょ」
 このワインは猫島が持ち込んだものだ。黒い包み紙にラッピングされているのでエチケットを確認できなかったが、華やかな風味だしボディもしっかりしている。
「ん~……ほら、ホワイトデーだから、ちょっと奮発はしたけど」
 と言いながら猫島はラッピングを解く。可愛らしいハートが描かれたエチケットを見て、
「しかも、僕が産まれた年って……市場価格二万円ごえですよ?」
 と平沼が驚きつつ言う。
「さすが、ソムリエさん! まあ、こういう、恋人の誕生年のワインを贈るとか、ベタでいいじゃない」
 猫島は満足げに笑う。
「……ありがとうございます」
「あと、ベタなのは……」
 猫島はドラジェを一つ摘んだ。
「ああ、ホワイトデーだとドラジェってベタですよね?」
「そうそう。だから、はい、あ~んして!」
 猫島はにやっと咲う。平沼の口元に、ドラジェがある。手づから食べろということなのだろう。
「恥ずかしいんですけど」
「そういう可愛い顔が見たい」
 猫島は恥ずかしげもなく、そんなことを言う。
「なんであなたは……」
 顔が熱くなるのを感じながら、平沼はほんの少し口を開いた。

 至近距離の猫島が、至極満足そうに笑っている。