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桜町商店街青年部 4月の風景

『タバコが長ければ』   鐘崎周平・柏原玲


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 タバコの香りが漂ってくる。
 縁側に座っていた鐘崎周平は、ぼんやりと外を眺めながら、そう思った。
 周平は、タバコをやらない。
 タバコの臭いは厄介で、布に付いて落ちない。副流煙を浴びても同じだった。どこからともなく流れてくるこタバコの煙が、周平の服に付く。そして、それは作業部屋まで連れて行くだろう。
(こまったな)
 部屋には、作業が途中になっている服や大量の布が置いてある。タバコの匂いを纏わせるわけには行かない。
 たち上がろうとしたとき、
「あれ、周平さんじゃないですか」
 と声を掛けられた。
 一年ほど前から、鐘崎家に住み着いている、居候で、小学校の教諭だという男だった。柏原玲という。
 トレードマークなのか解らないが、黒シャツに黒ネクタイ、黒いスラックスという葬式帰りのような色味の服を着ている。カジュアルだから、葬式スタイルにはならないが、どうも、『小学校の先生』という雰囲気からはほど遠い。タバコの薫りを纏わせているのも、いつも、けだるそうにして居るのも原因だろう。
「ああ、柏原さん」
「すみませんね。周平さんが居るなら、タバコは止めておくんですけど……」
 ポケットから、携帯用の灰皿を取りだして、タバコを消そうとしたのを、周平は止めた。服に付くのは、困る―――が、タバコは、それなりに高価になりつつある。まだ、吸いきっていないのを、消させるのもなんとなく忍びなかった。
「いいんですか?」
「まあ……」
 本当は、あまり良くない気もするが……と思っていたら、柏原がゆっくり動く。風下に立ったようだった。
「周平さんは、こんな時間に何してるんですか?」
「ああ……ちょっと考え事が多くて、ぼーっとしにきた」
「ぼーっと……?」
 柏原が、小首をかしげている。
「ええ。……ちょっと、今、企画が持ち上がっていて、それは光栄なんですけど、なんか……、考えることが多くて疲れたんです。それで、一旦クールダウンしに」
「ああ……桜町って、星が綺麗に見えますよね。民家が少ないから。この時間だと、皆寝てますし」
 桜町は、極端に民家から漏れる光が少ない。
 だから空を見上げれば、綺麗な星が見える。
「桜はないけど、星はあるんですね」
「そうですね……青年部の皆なら、桜のほうを欲しがるでしょうけど」
「周平さんは?」
「えっ?」
 ふいに問いかけられて、周平は戸惑う。桜か、星か。よく解らない二択だった。
「そうだなあ……」と考えつつ、周平は答える。「昔は、こんなに綺麗に夜空は見えなかったんですよ? この時間でも、まだ、通りは人がいたし、その頃に比べたら、寂しいかも知れないけど、夜はちゃんと寝た方が良さそうだし。こっちはこっちで正常じゃないかとも思うんですよ。柏原さんは、どうです?」
「私は……そうだな、使命があって……ある人が幸せだったら、それで十分かな」
「ある人……」
 好きな人、なのかなとは思ったが、そう言うことを聞くことが出来るほど、親しくはないような気がした。
 一年近く、同じ家で過ごしているのに、周平は、柏原のことを、驚くほど知らない。
「……私は、小学校の先生をしていますが、それとは別に、その人の幸せを見守ることが使命だと思っているんです」
「そんな風に思われている人は、幸せですね」
 周平は、そう言いつつ、柏原の様子を探る。
 タバコは、次第に短くなっていく。
 きっと、この会話は、タバコが終わるまでしか続かない。
 なんとなく、もう少し、タバコが長ければと、思ってしまった。