【試し読み】桜町商店街青年部ただいま恋愛中! 2: -Halloween Night-

桜町商店街シリーズ
購入
「どうかな」
美味しそうにお菓子を貪り食べる、青柳(あおやぎ)陸斗(りくと)に、小鳥(ことり)翼(つばさ)は恐る恐る聞いた。
陸斗が食べているのは、翼が経営するパティスリーの名物で『みんなのおやつ』という、マドレーヌのような焼き菓子だった。
「ん〜」
あっという間に『みんなのおやつ』を二個平らげた陸斗は、ぺろっと口の周りについた『みんなのおやつ』のカケラを拭ったあと、翼を真っ直ぐ見つめる。
「とりあえず、美味しいと思う。でも、梅おばーちゃんが作ってたのとは、別物って感じがする」
思っていた通りの感想を返されて、翼は一瞬、言葉を失ったが、すぐに気持ちを切り替える。
「なるほど、それで、どの辺がダメかな」
「んー、うまく言えないんだけど」と前置きしてから、陸斗は慎重に言葉を探りながら答える。
「多分、美味しすぎるんだと思う」
「えっ」
それは、翼には想定外の言葉だった。
「美味しすぎるって……」
「梅おばーちゃんが作ってくれたのって、良くも悪くも、おばーちゃんの手作り感があったんだけど、小鳥さんのって、プロの味って感じかなあ。美味しいんだけど、『みんなのおやつ』っていう感じじゃないっていうか」
正直な感想に、翼は「なるほど」と、つぶやいたものの、一体、どう改善していけばいいのか、全く方向性は掴めていない。
「っていうかさ、小鳥さん。これ、ちゃんと、この値段で出せるような材料とかなの? もし、そうじゃなかったら、だめでしょ」
そこもまた、痛いところではあった。
『みんなのおやつ』は三十円。
これは、『みんなのおやつ』を考案した、梅おばーちゃんの頃から変わっていない価格だからだ。
梅おばーちゃん……梅さんから、レシピと店の場所を譲り受けた翼としては、この価格で出すのは、当然だと思っていたし、それは、他で赤字を補填するという考え方だ。
「お店トータルでは大丈夫かもしれないけどさ」
小さく陸斗が付け足す。
「いや、そういうところも、『みんなのおやつ』には含まれてるよね。私も、ちょっと反省する。みんなが幸せになるためのおやつのはずだから……。ありがとう、ちょっと、味のことばかりにこだわりすぎてた」
翼の言葉に、陸斗がホッとしたような顔をする。
陸斗は、花屋の息子で、今は実家の花屋で仕事をしている。線が細くて、内向的な感じに見えるのが、「花屋」にピッタリな印象だと、翼は思う。どことなく、人と接するのは得意ではないような気もするが、週に二度ほど店に飾る花の配達を頼んでいたら、すっかり懐かれた感じがある。
この町に古くからある花屋に対して、今年の四月に越してきたばかりの翼なので、新参者に対して気を遣っているのか、来るたびに何かお菓子を買っていくのが申し訳ない気分になって、つい、悩んでいた『みんなのおやつ』の試食をお願いすることにしたのだった。
今でも、子供たちは気軽に買いにくる。
子供たちから文句は出たことがない。
ただ、翼だけが「梅ばーさん」が作ってくれたものとあからさまに違う、ということを気にしている。
「俺は、こっちの『みんなのおやつ』も好きなんだけどな」
陸斗の小さな呟きを聞いて「そうかな」と翼が首をひねる。
「梅さんの作った『みんなのおやつ』って、もっと全然違ったような気がしたから……」
「確かに違うとは思うけど……」
そう陸斗がつぶやいた時、けたたましい音を立てて、アラームが鳴り響く。
「わっ!!」
思わず驚いて、陸斗が声を出す。
「ごめんね、気が付かないといけないから、大きな音でアラームかけてたんだ」
「何か、焼きあがったんですか?」
普通、焼き菓子が上がって来る直前は、店中に、バターと小麦粉、それにさまざまな材料が混じりあって出来上がる、幸せな香りが満ちているはずだがそれがない。そのことを、陸斗は不思議に思ったようだった。
「焼き上がりじゃないけど、陸斗くんも一緒に行こう」
「どこへです?」
丸くした目を瞬かせつついう陸斗に、翼はカレンダーを指差しながらつげる。
「今日、青年会の集まりでしょう?」
「あっ、忘れてました」
「時期的に、次のイベントでも考えついたんじゃないかな、お米屋さん」
十月に入ったばかり。
テレビでもハロウィンの特集が増えてくる。
きっとそれならば、桜町商店街青年部をまとめている、米屋……こと、二階堂和樹ならば、こういうだろう。
『商店街で、ハロウィンのイベントをやるぞ』
と。
翼の考えを察した陸斗は、微苦笑した。
「多分、そうですね」
◇◇◇
翼と陸斗が一緒に青年会打ち合わせに行った時、まだ、人は集まっていなかった。
パティスリーの斜向かいにある「桜町米穀店」が青年会の集会所になっている。最初こそ、米袋が積まれた米穀店の店舗を突っ切って、住宅へと上がり込み、引退した老人たちがのんびりテレビを見ている二階堂(にかいどう)家の居間を超えて、仏間へ上がることに、多大なる抵抗感があったが、現在、その抵抗感は殆どない。慣れたものだ。
「あら、また、集まりかい?」
先代が、ひょっこり仏間に顔を出す。
「ええ。多分、またイベントを思いついたんじゃないですかね」
翼がそういうと「大変だなあ」と呟いてから「おーい、ばあさん。今日、青年会が集まるってさ」と呼びかける。
「はいはい、お茶と煎餅持っていきますよ」
おーい、と言っただけで、意図が通じるという長年培った関係性に、時代を感じる。
この仏間にしてもそうだ。立派な位牌が立ち並び、ちゃんと毎日、線香があげられている。そういう匂いがある。
「若い人は、煎餅なんか食べる人、いるのかねぇ……」
特に、こっちは洋菓子屋さんでしょ?
と、先代はブツブツと言っている。
「普通に食べますし、好きですよ。特に、二階堂さんのところで食べるお煎餅は、めちゃくちゃ美味しいんです。お米が美味しいからですかね」
桜町米穀店で作っている商品でないが、さすがに、米屋が選ぶ煎餅だけあって、異常に美味しい。
「そうかい?」
褒められたのは嬉しかったらしく、先代は、照れ笑いを浮かべている。
「ええ。前にいただいて美味しかったから、買って帰ったんです」
ただ、不思議なのは、製造メーカーの名前が書いていなかったということだ。
全く、何の印刷もされていない、透明なビニール袋に入れられた商品だった。ここへ来れば買い求めることはできるが、他の味はないのか、とか色々なことが気になっていた。
「気に入ってくれたなら、帰り、持って行きな。用意しておくよ」
「いえ、大丈夫ですよ。いただくわけにはいきません」
慌てて辞した翼に、「うちの息子が迷惑かけてるからねぇ」と小さく先代が呟く。
「いや、迷惑だなんて……」
コメントに迷うことを言われて焦っていると、
「貰っておいたらいいんじゃないですか?」
と陸斗が横から口を挟んでくる。
「陸斗くん?」
「和樹さんも、おじさんも、……っていうか田舎の人は、結構、上げたがりだよ。だから、貰っておいた方がいいですって」
陸斗の言い分はなんとなくわかるが、まだ、そういうやりとりは慣れていない。
何か反論しようとした時、「すまない。ちょっと道が混んでいて、遅れてしまった」と言いつつ、和樹が入ってきた。
集合時間から、すでに十分を経過しているが、集まっているのは、陸斗と翼だけだ。仏間を見回して、すぐに和樹が顔を顰めた。
「まだ、来てないのか?」
「私達だけですよ」
ふむ、と和樹は呟いて、「LINEを入れてみるか」と言いつつ、スマートフォンを取り出す。
「今日、参加できないとかいう連絡はあったの?」
「いや、なかった」
和樹がメッセージを送ろうとした時だった。
「遅れてすまん!」
と言いつつ、居酒屋の店主、早乙女(さおとめ)拓(たく)海を先頭に、青年会のメンバーたちが続々と入ってくる。
「みんな一緒って、何か、あったんですか?」
翼が問うと、拓海は顔を顰めた。その後ろから、ラーメン屋の店主、梶浦(かじうら)蓮(れん)が話しはじめる。
「なんか、どこかの空き店舗で物音がしたって大騒ぎよ」
ふぅ、と蓮はため息をつく。その仕草が、いつもながら、妖艶だった。
「物音?」
陸斗が鸚鵡返しに聞き返す。
「そうなのよ、なんか、シャッターがガタガタ言ってたとか、夜、灯がついてただとか。それで、今、通りのところで大騒ぎになっていたの」
なるほど、と翼は納得した。
それで、みんな揃ってその騒ぎに捕まって遅れたのだろう。
「ねぇ」と声を上げたのは、佐神(さがみ)諒(りょう)だった。ブックカフェのオーナーだ。
「なんだ、佐神」
和樹が答える。
「これ、もしかして、空き店舗を狙った空き巣か何かじゃない?」
佐神の言葉を聞いた一同が、言葉を失う。
「確かに……」
「もし、物盗りだったら怖いよな」
「うん、お年寄りの一人暮らしとかもあるし」
米穀店の仏間に、不穏なざわめきが、靄のように広がっていく。
翼も、気が気ではなかった。
翼の場合は、元々、駄菓子屋を経営していた「梅さん」が、九十六にもなったということで引退するというので、自宅兼店舗だった建物の、店舗部分だけを譲り受けてパティスリーとして開業した。
翼と同時期に、ここに来た、ブックカフェや飴屋、ビストロ、ラーメン屋などは、空き店舗と住宅部分をそのままリフォームしたはずだ。
それまで、この商店街は、長い間「シャッター街」と表現して差し支えがない状態だった。
そういう街なので、「空き店舗」問題は、人ごととして看過はできない。
「どの空き店舗か、あたりはついてるんですか?」
ビストロ店主が問う。
「いや、すぐに逃げ出したから分からないらしい」
「でも、放っておいて、空き巣被害に遭ってもいやだし、犯罪者が住み着いても嫌でしょう? だから、何か対策をとったほうがいいと思うね」
佐神の言葉を聞いた、青年会の面々が、大きくうなずく。
「何か、案はあるのか?」
拓海が問う。
「ベタだけど、見回りとかが一番じゃないかな。防犯カメラって言っても、犯罪が起きた時には効果があるけど、抑止力があるとは思えないし」
「そうだな。まず、見回りとかやってみるか」
「一人でやるとダメだから、二人ずつとかでやらないとダメですね」
そして今日の本題をすっかり忘れて、そのまま、見回り当番が組まれることになったのだった。