【試し読み】桜町商店街青年部ただいま恋愛中! 3: -Christmas Night-

桜町商店街青年部ただいま恋愛中! 3: -Christmas Night-

桜町商店街シリーズ

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 冬は、自然と距離が縮まる。
 一緒に居て、人目(ひとめ)がなければその方が暖かいからだ。
 たいてい、一緒に部屋で映画でも見ている間に、お互いの体温の方が気になって、どちらともなく、そのまま、熱を求め合うものだから、実は、定額見放題のサブスクで、映画自体は流しっぱなしになっているものの、全く、内容はわかっていない。
 ソファの上でするときもあるし、そのまま、ベッドへ、なだれ込むこともある。
 一緒にシャワーを浴びたときは、さすがに妙な気恥ずかしさがこみ上げてきたが、そんなわけで、付き合ってから早四ヶ月になろうというタイミングで、一通りのことはしてきた。
 今日も、例に漏れず、映画を流していたら、そのまま、ベッドへ向かう羽目に陥って、今は、裸のまま、なんだかベッドの中でダラダラ過ごしている。
 映画は、連続再生しているおかげで、当初見ていたものではなくなっていて、主演も、タイトルも筋書きもよく解らない外国映画が流れている。
「お前さ」
 拓海(たくみ)は何気なく呟く。諒(りょう)の方は、億劫なのか返事もせずに、視線だけを上げた。
 部屋の中には、夜の気配が濃密に満ちている。まだ、その余韻は、破られていないようだった。
「見た目は、結構、冷たそうなのに、結構、体温高いのな」
 部屋は暖房を付けているはずだ。だが、拓海は、諒の温かい身体を抱きしめて、熱を楽しんでいるようだった。
(湯たんぽに抱きつく猫……)
 諒の脳裏に、以前に動画サイトで見かけた、人気の猫の姿がよぎっていく。
「子供体温って言いたい?」
「いや、そーじゃないけど、この時期は、ぬくくて良いなあと。どうせなら、毎日こうしていたいな」
「生活のリズムが合わないだろ。拓海とオレじゃ」
 少し不満そうに言いつつも、諒も、悪い気はしていない。
 毎日、という言葉は、すこしだけ、甘く感じる。
 実際の所。二人は頻繁に会っては居るが、毎日会うというわけではない。ただ、近所なのでやりとりはあるし、顔も合わせる。
 日中から夜にかけて営業している諒と、夕方から深夜にかけて営業している拓海とでは、リズムが違う。
 今までそれを不満に思ったことはないが、そういう生活なので、一緒に過ごす機会は、お互いの定休日に限られているし、毎日のように顔を合わせていても、毎日のように、二人の時間を過ごしているわけではないから、その『毎日』という言葉の持つ特別感に、心惹かれる。
「……それにさ、俺ら……」
 拓海が口ごもる。何やら言いたげな様子だが、恥ずかしがって言い出せないでいるようだった。
「どうした?」
「あの、その……」
「今日は、ちょっとおかしいんじゃないか?」
 いつもかも知れないが、と余計な一言は飲み込みつつ、諒が言う。
 拓海の腕の中で、顔を上げると、妙に、顔が赤かった。
「あのさ」
「ん?」
「今年の、クリスマス……デート、しない?」
 恥ずかしがりながら、拓海が言うのを聞いて、諒は、初めて気がついた。
 付き合い始めて四ヶ月。
 二人で、外でデートしたことはない。会うと言っても、それは桜町の中だけで会っていたし、過ごすのは、諒の部屋だ。
「したい」
 諒は即答する。拓海は、少しホッとしたように、表情を緩ませる。
「なんか、拓海が、デートに誘ってくれるなんて思ってもみなかった」
「っていうか、その……俺ら、あんまり、付き合ってる感が薄いような気がして……」
「やってることはやってるでしょ?」
 と言いつつ、拓海の身体に、自身の身体を密着させる。熱い、身体。お互い、すでに知り尽くしたような身体だ。
「だからさー、その、なんだ、特別感が、欲しいじゃないですか。せっかくの、初クリスマスとか」
 なぜか敬語になるのが可笑しかったが、内容のかわいらしさに満足して、諒は、拓海の頬に手をやって、一度、軽くキスをする。
「初クリスマスは、中々良いね」
「それで、どこか行かない? ……とか思ってさ」
「プランは?」
「ノープラン。一緒に計画するのも、良いんじゃないかと」
 なるほど、おもてなしデート的な相手に委ねるプランより、一緒に計画したほうが、諒の好みかもしれない。
 そんなことを、拓海が知っているとは思わないので、拓海的には、いろいろ考えた結果、この結論に思い至ったのだと言うことにしておく。
「どこか、行きたいところとかさ。逆に、絶対に行きたくないところとかも」
「あー、オレは、テーマパーク的な人混みはちょっと勘弁かな」
 人混みの中では、デート感を楽しめない。
 そういえば、今までの『彼氏』とは、どんなところへ行っただろうと考えて、諒は、どこへも行っていないことに気がついて、頭を抱えたくなった。
「なるほど。でも、人混みなら、近付いてても、違和感はないともおもうけどな。静かなところとかの方が良いのかな」
 拓海も、いろいろ考えているようで、諒は非常に満足していたが、ふと、脳裏にある人物がよぎっていく。
(そうだった!)
 二階堂(にかいどう)和樹(かずき)。
 十二月も近付いてきたので、もうそろそろ、彼は、きっと、嬉々とした顔で、こう、言うに違いなかった。

「商店街で、クリスマスイベントをやるぞ!!」

 別に恋人らしいイベントを、今まで気にしたことはなかった。
 それは、諒が付き合ってきた人たちが、皆同性で、世間的には、(認知されつつもあるが)まだ、後ろ指を指されやすい存在と言うことも熟知していたので、自然と、人なみのカップルのようなイベントを避けるようになっていた。
 しかし、こうしてあらためて『クリスマスデート』などと言われてしまうと、ぜひ、実現させたくなってしまう。
 そうなると。
「……やっぱり、どう考えても、米屋さんが邪魔するよね」
 ぽそっと呟いた言葉を、拓海が聞きつけて「そうなんだよなー」と同意する。
「けどさ、ちょっと考えたんだけど、この間のハロウィン、次がクリスマス、おそらくその次、和樹が何か言い出しそうなのって、正月かバレンタインだよな」
「まあ、そうだね」
 なんでもない風を装って答えた諒だったが、内心、『バレンタイン』という言葉に、ドキッとした。
 今年は、目の前の恋人と過ごすバレンタインなのだ。
 しかも、そういうイベントを、過ごしてくれそうな、恋人だ。
 チョコレートのやりとりに、思い入れはないが、自分たちが『恋人』と認識し合うことが出来るイベントは、とても良い。
「それで考えたんだけどさ。もしかして、小鳥(ことり)さんの負担凄くないか?」
 拓海に言われて、諒は「なるほど、確かに」と肯定した。
 ハロウィンの時は、沢山のアイシングクッキー、それにカクテルまで考案してくれた。カクテルは、拓海が死ぬほど作らされていたが、ハロウィンイベントの成功は、パティシエ・小鳥翼(つばさ)の尽力の賜だろう。
「クリスマスはケーキ、バレンタインはチョコレートか」
「うん。これ、小鳥さんは、文句も言わないだろうけど……、他の奴らも、飲食系ばっかりだと不公平感が出ると思うし」
「確かに、不公平感があるな……。よし。明日、皆にLINEしてみるよ。米屋さん以外のメンバーで話を詰めて、米屋さんより先に、企画を上げてしまえば良い」
 現時点で、何のアイディアもないが、そこは、知恵を出し合えば良いだろう。
 青年会のメンバーたちも、誰か一点に負担が集中するのは、本意ではないはずだ。
「うまく行くかな」
 小さく呟く拓海の言葉を聞いて、諒は、「また、いつものクセが出た」と眉を顰める。
 何かを始めるとき、必ず、少しブレーキがかかるのが、拓海のクセだ。
 最初は、ヤル気がないのかと思っていた諒だったが、そうではないということは付き合っていて気がついた。
 慎重な性質なのだ。それで、失敗しないために、少しでも、リスクを減らそうとして、いったん立ち止まる。
 それ自体は、決して悪いことではない。
「あ、悪い……」
「作戦が、うまく行くかどうかは解らないけど、米屋さんより先に企画を挙げないとならないから、割と、短期集中だね。オレも、他の商店街の様子とか、調べてみるよ。あと、こういうのは、きっと、梶浦(かじうら)さんが得意だと思う」
 梶浦蓮(れん)。ラーメン屋の妖艶なる店主だ。
「そうなの?」
「ああ。あの人、元々、ものすごいやり手コンサルだから。それで、何を間違ってか、この町に住み着いたわけだけど……だから、この町って、何か勝機があるんだと思うよ」
 特に、この町で、自分の店を構えているのならば、勝機はあると踏んでのことだろう。
 たしかに、行列が出来るほどではないが、蓮のラーメン屋はいつも、どの時間帯を見ても、客の姿が二三人はある。そして営業日は必ず『スープ売り切れ』で終了しているはずだった。
「なんか、頼もしいな」
「うん。とにかく、明日から、動くよ。あとは、拓海は、米屋さんにこの計画がバレないように動いてね。拓海は、嘘がつけない性格だから……それだけはちょっと心配」
「な、……そのくらい、俺にだって出来るよ」
 自覚はあるのか、しどろもどろになっている。
 諒は、ぎゅっと拓海の逞しい身体に密着しながら、心に誓った。
(何が何でも、絶対に、クリスマスデートを手に入れてやる……!)

 諒の密やかな誓いを、拓海は知らない……。



 米屋以外のメンバー宛てに、メッセージが届いたのは、今朝方だった。
「小鳥さん、拓海さんからのメッセージ見ました?」
 朝一番、花の配達に来た青柳(あおやぎ)陸斗(りくと)が、小鳥翼(つばさ)に問いかけた。
「ああ、あれね? 米屋さん以外のメンバーっていうことだったけど」
 と翼は少々歯切れが悪い。
「どうしたんですか?」
「うん。なんか、こういう商店街みたいなところで、米屋さんだけ外して話をするって言うのは、どうなんだろうと思って。青年会の集まりで言えば良いと思うんだけど」
「まあ、たしかに」
 青年部に亀裂が入ることを、翼は心配しているようだった。
「小鳥さんは、行かないの?」
「いや、顔は出すと思う。それで、米屋さんを外した理由がわかると思うし」
「そうか……じゃあ、一緒に行こう?」
「うん、そうだね。場所は……、ブックカフェなんだね」
 あのカップルがなにか、考えたのだろうとは思う。拓海一人の考えでないなら、なにか、理由があるのかも知れない。
「和樹さんに気づかれないのかな」
「まあ、それは気づかれたときに考えれば良いんじゃないかな」
「確かに」
 うんうん、と頷きながら、陸斗は、ケーキが入ったショーケースの前で、少し背伸びした。
「……キスは、しないよ?」
 いくら誰も居ない時間帯でも、店で、そういうことをする気にはならない。そういう、区分けを崩してしまうのは、嫌だ。
「残念」
 陸斗はイタズラっぽく笑う。
「店じゃなければ……良いけど」
「じゃ、また、あとで家に行きます。けど……小鳥さん、忙しくない?」
 陸斗はショーケースの後ろに設置した作業スペースに、スケッチブックが置いてあるのを指さして言う。デコレーションケーキのデザインをしている最中で、幾つものケーキが描かれていた。
「クリスマスのデザインでしょ?」
「うん……。ここに来て初めてのクリスマスだしね……。今まで洋菓子店はなかったけど、どうしてたんだろ。コンビニさんとかかな」
「あー。和菓子屋さんで、ケーキ作ってたよ。この時期だけね。俺は食べたことはないんだけど、和菓子屋さん、カステラ作るから」
「カステラと、スポンジは大分違うんだけど……。そっか、たしかに、和菓子屋さんでもやるところはあるよね」
 というと、今までのお客さんと競合してしまうのはマズイかも知れないな、と翼は思案する。
「教えてくれてありがとう。常磐井(ときわい)さんと、少し話してみる」
「うん。今日の集まりに常磐井さんも来るんじゃない?」
「そうだね」
 それにしても、何の集まりなのだろうか。
 それだけは不思議だったが、クリスマスは、戦場のような忙しさになることも見越して、対策しなければならない。
 とくに。
(商店街のイベントが重なったら、本当に、目も当てられないからな……)
 商店街でクリスマスをやるとしたら、ここは、洋菓子店の出番になるだろう。
 うっかり、ハロウィンの時に、カクテルも導入してしまったから、クリスマスでも新しいメニューを作って欲しいと言われる可能性はある。
 とにかく、先回りして進めていった方が良さそうだ。
「あのさ、小鳥さん」
「ん?」
「俺、クリスマスは、そんなに忙しくないんだよねー」
「そうなの? プレゼントとか、いろいろありそうだけど」
 真っ赤なポインセチア、薔薇や柊、赤い木の実で飾られたリース。男性からのプレゼントとしても花束はありそうだ。それに、モミの木。生木を使う人は、日本では多くないだろうけど。
「いや、大抵、そんなに忙しくないよ。ポインセチアとかだって、当日に買う人はそんなに居ないし」
「なるほど」
「それでさ。もし良かったら、小鳥さんのところで、バイトさせてくれない?」
「えっ? 良いの? ……ご家族は?」
 と言ってから、成人済みの男性に言う台詞ではなかったかも知れないと、すこしだけ翼は後悔する。
「大丈夫じゃないかなー。うちは、年末年始の方が忙しいから、大抵、二十八日になってからが勝負なんだよね。お正月用の花とか、門松とか」
「なるほど」
「だから、バイトさせてよ」
 陸斗が、上目遣いにねだってくる。最近、翼は思うが、この表情に、弱い。
「わかった。ちゃんとバイト代出せるように……」
「バイト代の代わりに、ずっと一緒に居て? 恋人と、一緒にクリスマスを過ごしたいの」
 駄目? とさらに上目遣いに問われる。
 もちろん、嫌、という答えは、翼にはなかった。
「……小さなケーキ、特別製のやつ、用意するね」
「えっ?」
「忙しいと思うから、それくらいしか出来ないと思うんだけど、ケーキは一緒に食べようよ」
「やったー!! 嬉しい~!!」
 陸斗は、踊り出しそうな勢いだった。翼も、少し照れはあるが、やはり嬉しい。
 恋人と過ごす、クリスマスという甘い響きは、翼にとっても嬉しいものだった。


  ◇ ◇ ◇


 ブックカフェに集まったのは、米屋以外の商店街のメンバーだった。
「勝手に集まってるけど……大丈夫? まさか、二階堂さんの誕生日パーティーの計画じゃないわよね?」
 髪をさらりとゆらしながら、梶浦蓮が言う。
「いや、さすがに、そんなことはしないでしょう……」
 隣で声を上げたのは、ビストロの店主、平沼(ひらぬま)優(ゆう)輝(き)だった。
「まあ、そうよねー。さすがに、あたしも、そんなこと言われたら、大反対するわ」
「それに、和樹さん、もう、誕生日過ぎてますよ」
 口を挟んだのは惣菜屋の息子、吉田(よしだ)一(かず)真(ま)だ。
「いや、和樹なら、誕生日を過ぎてても、別に気にしないんじゃないか……?」
 とは拓海の言だが、それには一同、納得してしまった。
「確かに……」
「それで? 一体、何の集まりなんですか」
 静かに流れを変えたのは、洋品店の息子、鐘崎(かねさき)周(しゅう)平(へい)だった。
「ああ、ちょっと考えたんだが……。今まで、あいつの思いつきで、夏祭り、ハロウィンとイベントをこなしてきたじゃないか」
「まあ、確かに」
「それで、思ったんだ。次は、クリスマス、新年、バレンタインだって」
「そりゃそうよね」
「で、何が問題かって言うと、圧倒的に、洋菓子店の負担が大きくなりそうなイベントばかりじゃないか?」
 拓海の言葉に、「確かに」と皆が頷いて、翼を見やる。
「小鳥さんばかりに、負担をおかけするわけには行かないですよね。本業も忙しそうなのに」
「それで、先回りして、イベントを計画してしまったらどうかと思ったわけだよ。それで、和樹にこっちから言えば、あいつも悪い気はしないだろうと思って」
「確かにそうだ。……何事にも大反対してた君が、かなり進歩したね」
 うんうん、と感慨深そうに頷いているのは、飴屋の入江(いりえ)栞(しおり)だ。
「いや、あいつはやると決めたら絶対やるんだから、先に、こっちに都合が良いようなイベントを考えておいた方が、マシでしょってだけですよ、入江さん」
「それで? なにか、案はある?」

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